誰かに認められたくて生きている。

はじめまして、yujiです!

普段はあまり自分のことを話すようなタイプではないのですが、このページだけ、自分語りをしたいと思います!

「……ほんと僕のことしか書いてないので、暇で仕方がないときなどに読んでいただければと思います。。。」

~あらすじ~

ただなんとなく生きてきた僕が、ハワイに行ったり、ニートをしたり、ツイッターを頑張ったりする話です。
10000字近くあるので「YouTubeの話」「失敗から学ぶ話」だけでも読んでいただければと思います。

僕がつぶやく理由。

僕がツイッターでつぶやくようになってから1年と少しがたちます。

この1年間、毎日投稿を始めてから人生が少しずつ変わり始めました!

そんな僕がツイッターでつぶやくようになった理由。それは……

「日常に満足できなくて、誰かに認められたくて、いいねがほしかったから!」

「……いいねがほしいなんて、下心がすごい。」

……というのも、毎日当たり前のように働いて、同じようなことを繰り返すうちに、そんなリアルな世界になにか物足りなさを感じていて……

何かを成し遂げたいけれど、何を頑張れるかもわからなくて、でも誰かのために頑張ったことを評価されたい気持ちもあって……

そんな悶々とした気持ちのやり場を探していた結果、僕はこのように毎日つぶやくようになりました!!

そんな僕の人生には挫折と失敗しかありません。

何をしてもあまりパッとしない僕は、これまで挑戦してきたことを何一つとして続けて来れませんでした。。。

たとえば以下のような感じです。

僕が途中で投げ出してきたこと
・学生時代の部活
・受験勉強
・資格試験
・大学時代のサークル  ……など。

このように、学生時代には部活も途中でやめて、大学受験にも失敗して、資格試験も受けることなく諦めてきました。。。

「……どうせ何をやってもうまくいかないよ。」

何に対しても耐える力がなくて、すぐ逃げ出して、何かに一生懸命になれる人をうらやましく思ううちに……

結局僕は「スキルも専門性もない、何もできない若者」という枠組みでしかなくなってしまいました。

「………人生詰んだ。」

今思えば、「学生時代にちゃんと学べばよかったなぁ」とか「もっと諦めずに続ければよかったなぁ」とか、そんな後悔ばかりが残ります。。。

自己実現できなかったという大きなコンプレックスの塊。

過去の話をすると、僕はありふれた田舎の街に生まれ、ありふれた義務教育を受け、普通の大学に行きます。

僕の人生は普通です。
・普通の田舎に生まれる。
・普通に友達とつるむ。
・普通に思春期に親とケンカする。
・普通に義務教育を卒業する。
・普通に高校生活を送る。
・普通におしゃれに敏感になる。
・普通に大学に行く。
・普通にバイトする。

このように、とにかく「普通」の人生です!

これが正しいとか間違いだとかを学びながら、思春期には親とケンカしたり、容姿にコンプレックスを感じてみたり、友人との関係に悩んだりして……

きっとごく平均的な日本の若者として、これまで育ってきました!

そんな僕にも両親がいて、よりよい人生を送るためにと『正しく生きること』を教えてくれましたが……

今はそこそこ少ない収入で好きなことをやっているので、そんな両親に顔向けできるような生き方はできていません。。。

「……ついに期待に応えられなかった。」

……こうして普通に生きてきた僕は、目標や夢もなく、とにかく受け身な人生を歩むことになります。

なんとなく生きてきた僕の感覚。
・言われたとおりにすればいい。
・重要なことは人に決めてもらおう。
・叱られないように生きれば問題ない。
・波風立てなければOK。

「……なんてやつだ。」

こんなふうに人生を振り返るのは本当に恥ずかしいことですが、人生の大事な部分をたくさんの人に甘えてきたので、自分が何を目指して何のために頑張ればいいのかわからず……

そんな当たり前のようなことも決められないまま、燻った想いを抱え続けているのが、僕のいまの本音です。

「……何かになりたいけど、何にもなれなかった。」

そんな「自己実現できなかった」という思いをずっと心の奥に抱えて、それが大きなコンプレックスの塊になって、

いつしか「誰かのためになることをしたい」という、ぼんやりとした気持ちを抱くようになりました!

誰かのためになることをしたいという名の『エゴ』。

僕の過ごしてきた毎日はいたって平凡で、大きな事故やトラブルもなく健康で、周りにはいい人たちにも恵まれています!

ただ、それが本当に幸せでいい人生だということに間違いはないけれど……

「……空っぽなままここまで来てしまったなぁ。」

と心のどこかで感じてしまう自分がいました。。。

エゴ
・誰かのためになることをしたい気持ち
⇒自己満足の気持ち?

このようにふと「誰かのためになることをしたい!」と思うことがありながらも、きっとその気持ちはエゴと表裏一体で……

いいことをして自分が満足したいと思っていただけなのかもしれなくて……

心のどこかにそんな自覚もあったので、いいことをしたいと思うと同時に「承認欲求のために頑張るなんて恥ずかしい!」とも感じていました。

「……見返りのためにしか頑張れないなんて、ちょっと気持ち悪い。」

そして自分が何も成し遂げられていないという事実を認められず……

いつしか「努力なんてしても意味がない!」と本気で信じるようになりました。

人生が嫌になってハワイに留学してみた。

そんな僕は大学の在学中、どこか目標のない毎日に嫌気がさして、衝動的に休学します!

「……ハワイに住みたい!!!」

そして突然、ハワイに行くことに決めました!

自分で語学学校に申し込んで、学生ビザを発行して、飛行機も予約してホームステイ先も決まって。

そんな風に自分で自分のやりたいことを決めることが初めてで、すごく戸惑いながら準備をしていたように思います。

当時の僕は「これで人生が変わるかもしれない!」と期待しながら日本を出ました。

「……どんな世界が待っているんだろう。」

……そんな僕がハワイで出会ったものは、典型的なカルチャーショックでした!

僕がハワイで出会ったもの
・適当にその日暮らしをする人。
・適当だけどやたらと心が広い人。
・その辺になるマンゴー。
・その辺になるバナナ。
・その辺になるアボカド。
・危機感のないカラフルな鳥。
・冬でもあたたかい気候。
・アロハシャツが正装。  ……など。

未来なんて考えず、過去も引きずらず、適当にその日暮らしをする人々。独自の発展を遂げた南国の植物。果てしなく太い木。勝手に木に成るフルーツ。

暖かく食べ物に困らず、争いもなく、穏やかにのびのびと暮らすことがDNAに刻み込まれた鳥や果物、そしておおらかな心を持った島の人。

そんな素敵な毎日を過ごす人たちに触れて、どこか荒んでいた僕の心は、簡単に洗われてしまいました。。。

「……こんなに自由にのんびり生きててもいいの?」

僕が積み上げてきた色々な固定概念が簡単に崩されて、まったく通用しなくて、なんだか肩の荷が降りた気がしました。

僕はひたすらサーフィンをして、ひたすらトレッキングをして、現地の料理を食べて。

物欲はないのでアラモアナショッピングセンターには興味がなかったけれど、伝統的なハワイ音楽とアメリカのヒットチャートを聴き、ひたすらKONAビールを飲みました!

美しい自然と戯れてはじめて生きた心地がして、ただ何となく「僕たちは地球に生かされているのかもしれない!」と感じた覚えがあります。

「……僕の不安や悩みはちっぽけだったなぁ。ハワイ最高。」

それは僕が大学で学んだことにも通じていることでした!

3.11の震災が起き、街が津波に飲み込まれる映像をニュースで何度も繰り返して見た僕は、大学に入ると、物理学の側面から『地震』を学ぶことを選択。

帰国後の大学の卒業研究では、「地震は避けることのできないもの」だということが実験結果からわかりました。

地球が教えてくれたこと。

当たり前ですが、人間は大きな自然に勝つことはできません。

「緻密な物理計算と、地球を作った果てしなく大きな計画と、どう転ぶかわからないカオスな自由度を与えたこの世界が、果たしてどんなふうに進んで行くのか……」

もし神さまがいるのなら、それをどこかでじっと見ていて、楽しんでいるはずだと思います。

「……もし神様がいればね。」

それほどきっちりとした法則で世界は回っていて、人間はその決まりには決して逆らうことはできなくて……

だからこそ、僕たちはそれに乗っかって最大限自由に遊ぶことを許されている。

「人間はちっぽけで、でもその短い一生の中で何かを成し遂げていくことができるのかもしれない。」

「……誰かのためになる人生を送れるのかも!」

僕はそんなことがようやくわかった気分になり、なんとなくまた「誰かのためになる人生にしたい!」と思い始めました。

ただ、少しづつそんな気持ちが芽生えてはいたものの……

「……でも、誰かに認められないと頑張れないなんて、心が弱い人の言うことだよね?」

……と、いつからか感じていた「偽善への嫌悪感」や「承認欲求のために頑張るなんて恥ずかしい!」と思っていた気持ちを忘れることはできませんでした。。。

『承認欲求』が最強だということ。

ある日、ぼんやりと眺めていたYouTubeでこんなスピーチを聴きました!

うろ覚えですが、その話は以下のような内容です↓↓

「誰かに認められたい」という気持ちがあれば、どんなことでも頑張れる。

人生で『死』の次に最も重い苦痛は、『生まれる』ということ。

赤ちゃんは、お母さんのあたたかいお腹の中で守られて、真っ暗な世界で小さくうずくまりながら少しずつ大きくなり、時が来たら狭い狭い産道を通って外の世界に出てくることができる。

でも、頭や肩の骨の組み合わせをはずしながら、ようやく生まれてくるその時の痛みは本当に激しくて。

安心だった場所から、何があるのかわからない世界に出ていかなくちゃいけない不安でいっぱいで。

そんな苦しみや恐怖を乗り越えて、大きな声で泣きながら初めて出会うのが、『あたたかい母親の手に抱かれる』という、この世界で一番やさしく言い表しようのない『安心』なんです。

この世界にいる人は、このとてつもなく大きな『安心』を、心の奥底で、生まれながらにして知っている。

だからこの不安でいっぱいの世界で『誰かに認められる』ということが、何よりも安心できると知っている。

『誰かに認められたい』と思う気持ちは、決して恥ずかしいものではなくて、私たちは『誰かに認められたい』と思う気持ちがあれば、どんなことでも頑張れる。

「……『誰かに認められたい』と思う気持ちは、恥ずかしいものではない…??」

どこでだれが話したスピーチなのかは忘れてしまったのですが、この話がやけに心に刺さって……

僕がなかなか認められなかった自分の素直な気持ちに、ようやく向き合うきっかけを与えてくれました。

『僕は、誰かに認められたくて生きている!!

「いいことも悪いことも見ていてほしい。」
「頑張ったことをほめてほしい。」

そんな気持ちが心の奥にあったことを素直に認めると、スッと心が楽になった気がしました!

『働かない』という道を選んでみた結果・・・。

誰かに認められたくて、誰かのためになりたくて。困っている人はすぐ近くにいるはずだから!

生活がどうなってもいいから、そんな人たちに寄り添っていたいと思った僕は、『働かない』ということに挑戦してみました!

大学卒業を控え、日本中の大学生が就活やインターンに励んで働き口を探しているなかで、『働かない』という僕の選択は珍しく、友人の中でもめっちゃ浮きました。。。

「……それでも僕の信じた生き方をしてみたい。浮くけど。」

もしかすると「若い力をないがしろにして、社会に貢献することを疎かにしている!!」と怒られるかもしれません。

実際に、友人や出会う人たちからは「どうやって生きているの?」と聞かれることばかりでした。

「……疑問に思うのも当たり前だよね。」

大学卒業後の僕は田舎町に戻り、毎朝ボロ家の掃除をし、困っている人がどこかにいないかなぁと地域で挨拶して周ってみたり、自分にできることを探していました。

そしてこの手探りな新生活のなかで、たくさんの出会いがありました!

町で出会った人たち
・若くして両親を亡くした人。
・身寄りのない人。
・家庭を崩壊させてしまった人。
・DVに耐えている人。
・アルコールに人生を奪われてしまった人。
・障害と付き合いながら生きている人。
・家の外に出られない人。

そこにいたみんなが悩む毎日を送っていて、周囲の人からの目線をひどく気にしていたり、怯えていたり、戦っていたり。

一方で必ずしもその本人が人生の不幸に気が付いていないこともあったりで。

どこにいっても、どうしようもない問題に悩まされている人たちがいました。

「きっと、他にも幸せのカタチがあるはずですよ。」

はなからそんなことを伝えるつもりでいた僕は、困っている人たちの悩みがもっともっと深くて、僕の考える”幸せ”の浅さを知りました。。。

「……考えが甘すぎる。」

そんな有意義な時間は、当たり前ですが生活費の関係で数ヶ月程度で終わりを迎えることになりました。。。

その後、父のする家業を継ぐ決心はなかったけれども、生活費を稼ぎつつ、ただ家族との関係が丸く収まればいいと思い、なんとなく実家で小さな仕事から手伝う生活を始めました!

僕に圧倒的に足りなかったもの。

稼ぎが小さくて、自由に使えるお金はそれほどなかったけれども、収入の一部を慈善団体に寄付していた時期もありました。

「自分の稼ぎの一部を、身寄りのない人や救いを求めている人のための活動資金に使ってもらっている!」

これだけで心はすごく満たされて、お金で承認欲求を満たしてもらうことができました。

「……こんな僕でも貢献できることがある!」

でもそれは同時に「こんな形でも自分が生きていていいんだ。」と納得するための口実でもあったように思いますが。。。

結局のところ僕は「働かない」と決めてから、改めて自分の無力さを自覚することになりました!

僕に圧倒的に足りなかったもの。
・強さ
・知恵
・信頼
・資金
・生活基盤

このように、誰かを救うためには強さと知恵と、信頼と、資金と、持続的で長期的な生活基盤が必要です。

ただ、僕の手元にはそれら必要なものが何一つなくて、申し分なく若い身体だけがあって、誰かに認められたいエゴだけがあって、本当にただそれだけでした。

「……それはただの無力でしかない。」

「何のために生きているかわからない。ただ、誰かに認められたいとは思う!」

そんな僕の自己実現欲求へのモヤモヤは、まだまだ続きます……

挑戦は小さなところから。

「……ツイッターでもやるか。。」

自分で考えて頑張ることは、当たり前ですが難しいことです。

そこでまずは、「世界を知るところから小さく動き始めてみよう。」と思い、久々にツイッターを始めてみました!

そんなツイッターにはアクティブユーザーがたくさんいて、外の世界の会いたい人、面白い情報にいくらでも触れることができました!

「……ツイッター楽しい。世界ってこんなに広いんだ。」

そしてまた壁にぶつかります。

「発信できることが、何ひとつ見つからない。人に伝えられる信念を、何ひとつ持っていない。。。」

自分には何の価値もないという現実を改めて突きつけられたようで、笑ってしまいました。。。

「……僕は誰にも何も与えることができない。」

ツイッターは『共感』のツール。

内向的で、またここでも何も成し遂げられない僕。

自信がなくて、弱くて、でも平気で人を恨んでしまうし、人の間違いを指摘したくなるし、自分が間違えたときはひどく焦って、コソコソ生きる。そんな自分をいつまでも変えられない。。。

そんな等身大の自分が情けないけれど、僕のほかにもそんな風に自信を持てない人がいるということに、なぜかとても勇気づけられました!

「……ツイッターとはいえ、共感できてうれしい。発信は難しいけど。」

……そんな僕は自分が認めてほしい気持ちや、自分が正しいと信じたいことを自分に言い聞かせたくて、毎日ツイッターでつぶやくようになります。

そして試行錯誤しながらポストするうちに、次第にこんなメッセージをもらえるようになりました!

アカウントに届くメッセージ
・「いい言葉ですね。」
・「毎朝楽しみにしています!」

「……メッセージがありがたすぎる。。。」

こんな僕の「マイナス」な部分に上手に光を当ててもらい、生きててよかったと思いました。

自分には何の取り柄もないと落ち込んでいたけど、こんな自分だからこそ誰かと分かり合えるんだと気がつきました!

そしていつしか多くの方に見てもらい、「ありがとう」というメッセージまでわざわざ届けてもらえるアカウントになりました!!

こうして僕にとって大切な、ようやく人生の軸足と呼べるような場所ができました。

これも全て、1つの言葉がきっかけです。

『僕は、誰かに認められたくて生きている!!』

これが等身大の自分から見た景色で、憧れや理想で、うまくいかなかったことや落ち込んだことで、それ以上でもそれ以下でもない本音です!

そんな心の奥にある素直な気持ちを認めると、ありのままの自分を人に伝えられるようになりました!

そんなツイッターでもまた失敗します。

「話を聴くだけで、誰かの気持ちが少しでも楽になれば……」

ある日そんな思いつきで、ツイッターで相談窓口を開いてみました。

するとそんな思いが通じたのか、毎日のように僕のもとへDMが来るようになりました!

「……こんなにもたくさんの人が、誰にも言えない悩みを孤独に抱えている!僕はその悩みを聞くことができる!!」

しかし、決意のない僕のそんな中途半端な気持ちが、かえって相手を不幸せにしてしまったり、かける言葉がどこかうわべだけになってしまったりで……

相談の時間は圧倒的に足りず、複雑な事情を抱える方が多すぎて、その悩みの原因を受け止めることも追いつかず……

オンラインの窓口での対応は、その狭い隙間を求める人が多いほどに、少しづつ少しずつ雑になっていきました。

何よりも僕自身に、僕を頼ってくれる方を支える力がありませんでした。。。

ツイッターの傾聴ボランティアで、僕はまた失敗しました。

「……またダメだった。」

しかし、ここで1つ気が付いたことがあります。

失敗を手に入れるには勇気が必要。

「何かに挑戦する勇気がなければ、何かで失敗することさえできない!

これは、僕のこれまでの人生でわかった、本当に本当に数少ないことの1つです。

「……人生の教訓がこれくらいしかない。」

僕が失敗してきたこと。
・ハワイに留学したこと。
・働かない選択をしたこと。
・ツイッターで人生相談をしたこと。

どれも、少しだけ勇気を出してみた結果、失敗してきたことでした!

ハワイでの失敗から学んだこと。

ハワイに留学に行ったことも、英語の完全習得は達成できませんでしたが、華やかな世界の裏側に救うべき人がいることを知りました!

南国の島にはるか昔に人が流れ着き、ハワイ王国を創り上げ、アメリカ入植者がそれを破壊してしまって、現在の華やかで憧れの的な『ハワイ』が出来上がっていること。

そして豊かな島の裏側には「アメリカ随一のホームレスの多さ」という、大きな影がありました。。。

薬物に脳を壊されて、糞尿を自分で処理することもできず、道端で寝泊まりし、ショッピングカートに無数のビニール袋を下げて移動生活を送る人々を、豊かな島の中で本能的に避けてしまう自分がいました。。。

「……困っている人はどこにでもいるんだ。。。」

働かない生活での失敗から学んだこと。

働かない経験をしたことも、ただの現実を知らない僕の独りよがりな幻想でしたが、自分の無力さを知ることができました!

そんな決断があったからこそ、社会貢献のための勉強をし、災害があれば被災地に足を運び、時には祈り、同じ意思をもった多くの方たちと知り合うことができました!

「……無力な僕は、いったいいつその一歩を踏み出すのだろう。」

そして誰にも急かされることもなく、締切もないのに気持ちばかり焦るようになり、「とにかく成長しなきゃいけない!」と気づくこともできました!

ツイッターでの失敗から学んだこと。

ツイッターでたくさんの人と人生について話したことも、ひとつひとつが複雑すぎて僕にはどうしようもなかったですが、誰しも悩んでいるということを知りました!

深い悩みを解決してあげようなんてことがそもそも違っていて、どんな痛みにも、何一つとして同じものはなくて……

どれだけ幸せそうな人にも、どれだけ恵まれている人にも、それぞれの苦しみがあることを知り、僕が学ばせてもらうことばかりでした!

・ハワイに留学したこと。
・働かない選択をしたこと。
・ツイッターで人生相談をしたこと。

どれも大したことではないけど、当時の自分なりに勇気を振り絞って決めたこと。

そして、どれも結局失敗に終わったけど、それが今の自分のためになっていて、失敗のおかげで人生は豊かになりました!

もともと内向的で、人付き合いは苦手。自信なんてない。

だからこそ自分の素直な気持ちを認めて、向き合うことを突き詰めれば、『失敗』からでも自分に必要なものをひとつづつ積み上げられることに気がつきました!

「……こんな戦い方しかできないけど。」

それがいつか、お世話になった人々や、今の自分を支えてくれている周りの方々への、大きな恩返しに必ず繋がると信じています!

必ずできるはず。どんなことをするにも勇気決断力があれば大丈夫。

そんな失敗の人生のブログを書く。

そんな失敗ばかりの僕の人生を、これからここに書いていこうと思います!

誰にでもわかることでも、僕にはわからなかったことは山程ある。だからこそ、そんな僕目線の「誰にでもわかりやすい足跡」をここに記していきたい!

やはり最初は何でも難しくて、誰にも届かないモノしか生み出せないですが……

考えて繰り返して、いつか誰かが楽しんでくれるような記事をかけるようになるはず!!

「……………はず。」

ブログでもまた躓くと思うけど、それでもいつも通りの「失敗」なのでOKです!!

人は成長する生き物だと思う。

全てが下手くそで、どう考えても自分が何かになれるとは思えないし、若くして才能を開花させた人に追いつけるとも思えないし。

なにより、今からじゃ何をしても手遅れだと思っていました。。。

でも、人はできないことが少しずつできるようになっていく生き物で、時間がかかることもあるけれど、いくつになっても可能性はあるし、今からでも絶対に遅くはないはずだから。

「……ここまで人生について語りつつ、まだ何も成果は出してないけど。。。」

だからこそ、一緒に頑張る人を応援していたいし、いつか誰かの心の支えになれる日を夢見ていたいと思います!

というのも結局、僕は誰かに認められたくて、居場所がほしくて、頑張りを見てもらいたいから!

ただそれだけのための、僕の人生を歩んでます。

「……これが僕のプロフィールです。」

長文、最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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